【儀式】


 教会の扉を開く。
 この扉はこんなにも重かったかな?
 たぶん、わたしの心の重さが付加されているのかもしれない。
 綺礼の治療ではたぶん桜は助からない。
 そのとき、わたしはこの地を統べる遠坂の魔術師として桜を殺さなければならない。
 でも、わたしはそんなに往生際がいいわけではない。
 これからすることは、桜に死よりも惨い結果をもたらすかもしれないし、遠坂の秘技でもある。
 だから士郎には本当のことは伏せなければならない。
 でも、可能性があるとするならば試す、ただそれだけのこと━━━

 部屋に入る。
 治療台に桜が座っていた。
 その姿は儚く、今にも消えてしまいそうに見える。

「Das Schliesen.Vogelkafig, Echo(準備。防音、終了)」
 邪魔が入らないよう部屋に無音結界を張る。
 綺礼には悪いが、これから行うことは騒がしくなるだろうと予想出来たから。

「桜、わたしがなにをしに来たか判る?」
「はい、ここからだと先輩と姉さんの会話は良く聞こえるんです」
「そう、こんなわたしのことを姉さんと呼んでくれるのね」
「最後ですから」
 その台詞にわたしの心が揺さぶられる。
 膝から力が抜け、ガクガクと震える。
 今にもしゃがみこんでしまいそうになる。
 それでもわたしはやらなければならない。

「衛宮くんにはああ言ったけど、そんな簡単に殺すわけないでしょ。
 これから桜に選択してもらうわ」
 そう言いながら、ポケットから紅色をした卵ぐらいの大きさの珠を取り出す。
 これからのことは色んな意味で話しずらい。

「これは『封魂の珠』というものよ。
 これを使えば対象の経験とか知識を吸収することがでぎる。
 一時的に『封魂の珠』に意識を入れて聖杯戦争が終わるまで待てば、桜は生き残れるはずよ」
 上手くいく可能性なんてほとんどないのに、自分に嘘をつきながら説明する。

「でも、『封魂の珠』を使う条件があるの」
「……何ですか?」
「珠は体内に近い場所にある方がいいのよ。
 だから、子宮の奥に埋め込むのがもっとも効率のいい方法なの。
 それとオルガスムスを迎えること、心も体も無防備な瞬間に珠の効果が発動するわ。
 だから、桜は大人しく殺されるか『封魂の珠』を使うか選択して欲しいの」
「その前に本当のことを教えてくれませんか?
 わたしも間桐の魔術師です。
 『封魂の珠』がどんなものなのか予想はつきます。
 完全な意識の保存なんて無理なはず。
 それに成功率はかなり低いのでしょう?」
 やはり、桜も魔術師だ。
 わたしが隠していることを看破してしまう。
 これが士郎ならあっさり騙されてくれるのに。

「ええ、そう『封魂の珠』は意識を強引に引き抜くなんてことをするからかなりの苦痛を伴うわ。
 精神に異常を起こしてしまうかもしれないし、完全な状態で意識を移せる可能性は限りなく零に近い。
 もともと、これは捕らえた魔術師の知識を強引に奪うために作られたものなの。
 だから、意識の保存なんて元々念頭につくられてはいないわ。
 このことは遠坂の秘技、秘密事項。
 それでも、提案したのは遠坂の魔術師としてマキリの知識に興味があったから。
 最悪でもマキリの知識を手に入れられれば、臓硯の対抗策も考えられるわ」
「そんな怖いものを妹に勧めるのですか。
 姉さんは本当に魔術師なんですね」
「謝りはしないわ、桜。
 わたしは可能性があるのならば試すだけよ」
 努めて冷徹な口調で話を進める。

「そうですか、それでは『封魂の珠』を使ってください。
 やっぱり、死ぬよりは可能性に掛けてみたいですし。
 でも、姉さんの計画には無理が。
 わたしの心臓にはお爺さまの本体がいます。
 意識がなくなれば、わたしの体はお爺さまに完全に乗っ取られてしまうでしょう。
 そうなると、今度は姉さんが危険に晒されます。
 それを使ったらすぐにでも身体の方もどうにかしなくてはならないでしょう」
「━━━そんな、なんてこと━━━」
 臓硯は今までよりにもよって桜の心臓に巣くっていたなんて。
 そのおぞましい所行に言葉を喪う。
 『封魂の珠』を使うということは意識を移し終えた瞬間、一撃の下に桜の心臓にいる臓硯を殺さなければならないということ。
 だが、心臓を破壊してしまっては、桜は戻る体が無くなるということになる。
 などと考え込んでいると。

「その点はわたしに考えがあります。
 ライダー出てきてくれる?」
「はい、サクラ」
 ライダーが姿を現す。

「━━━あ━━━」
 すっかりライダーの存在を忘れていた。

「もしかして姉さん、ライダーのこと忘れていたとか?」
「そ、そんなことは、ないでしょう。
 もちろん、知っていたわ。
 だから、無理矢理にやらずに、こうやって、桜に選択させたでしょう?」
 思わず、苦しまぎれの言い訳をしてしまう。
 そのとき、桜が微笑んでいるのに気が付いた。
 これが桜の最後の笑顔になるかもしれない。

「ごめんなさいライダー、不満はあると思うけどこれがわたしの最善の選択なの。
 わたしは姉さんに全てを託してみるつもりです。
 最後に、これは命令でなくてお願い。
 先輩のことを守ってくれると、嬉しいのだけど━━」
 こうして、改めて見てみると桜とライダーの雰囲気はなんとなく似ているような気がした。
 見た目では似ている部分など無いはずなのに。

「サクラ、それは約束出来かねます。
 わたしは彼に攻撃を加えています。
 お互いいきなり協力しろというのは無理な話です。
 一応努力はしてみますが、望みは薄いかと」
「そう、無理強いはしません。
 でも、それだとわたしがいなくなるとサーバントとして現界できなくなるわ。
 それでもいいの?」
「それも仕方ありません」
 桜は最後まで他人のことばかり気に掛けている。
 もっと、自分のことを考えてもいいのに。

「ライダーがそれで納得しているのならば、こちらからは何も言うことはないわ。
 では最期の令呪を使います、ライダー『これからは遠坂凛の指示に従いなさい』」
「了解しました、マスター」
 桜の最期の令呪が消えた。

 今判った。
 二人がよく似ている理由。
 自分より他人の方が大事で、その心の在りようがそっくりなんだ。
 サーヴァントはマスターは似たもを召還すると言うが、たしかに二人は似たもの同士だった。

「それで、桜の考えってなんなの?」
「それは━━━━━━」


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